グルメ
分子ガストロノミー的な視点で”出汁”を楽しむ
kitami
みなさんこんにちは。
分子料理法の球化を用いて「出汁キャビア」を作り出すことができるようになったので、次は使用する出汁にこだわっていきたいと思い研究を重ねています。
研究序盤は球化に焦点を当てていたため、使用していた出汁は出汁パックを使って出した”なんちゃって出汁”でした。
しかし、これを実際に料理に使うには一粒一粒が少量のため味を感じにくいなど、まだまだ課題が多いものです。
そこで、出汁キャビアのパワーアップを図るべく出汁の研究がスタートしました。
「うま味」がつまった出汁
人間が感じる基本的な味の要素である「五味」とは、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5つで、この中で「うま味」と出汁は非常に深い関わりがあります。
古くから和食に使われていた昆布だしからグルタミン酸という「うま味」の成分を日本人が発見したと言われており、うま味成分の代表的なものとして次の3つが挙げられます。
- グルタミン酸(昆布・野菜)
- イノシン酸(かつお節・魚・肉)
- グアニル酸(干ししいたけ・干しきのこ)
グルタミン酸はタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の1つで、イノシン酸・グアニル酸は核酸に分類されます。
うま味物質はそれぞれ単独で使うよりも、アミノ酸であるグルタミン酸と、核酸系うま味物質であるイノシン酸やグアニル酸を組み合わせることで、うま味が飛躍的に強くなることが知られており、それを「うま味の相乗効果」と呼びます。
文字にしてみると一見難しくなりますが、和食の基本である昆布(グルタミン酸)と、かつお節(イノシン酸)を組み合わせたかつおと昆布の合わせ出汁をイメージしてみてください。
それぞれ単体で味わうよりも、格段にうま味が増すことを実感できるかと思います。この相乗効果はおよそ7〜8倍と言われています。
和食以外にも、西洋料理や中華料理の基本となるブイヨンや湯(タン)は、野菜ブイヨンのうま味成分のグルタミン酸ナトリウムと肉や魚のうま味成分のイノシン酸ナトリウムによるうま味の相乗効果を利用しています。
この「うま味」成分について発見されたのはつい最近のこと(約100年前)ですが、古くから日本だけでなく世界各地で経験から学んだ知恵として用いられてきました。それらを改めて科学的に定義するという流れはまさに分子ガストロノミーの考え方そのものではないでしょうか?
そもそも「出汁」って何?
『世界大百科事典 第2版』にはこう書かれています。
「だしとは、煮出し汁(にだしじる)の略で、だし汁とも呼ぶ。動植物食品のうま味成分を水に溶出させたもので、塩、みそ、しょうゆ、酢、みりん、砂糖などの調味料と合わせ用いて、料理の味を向上させる役割をもつ。
序盤で触れた三大出汁の 昆布だし、かつおだし、しいたけ出汁の他にも、魚からとる煮干出汁(いわし)やあご出汁(トビウオ)。普段捨ててしまう野菜の皮や端材、芯などを使った野菜出汁。さらに、うま味の相乗効果をもたらす合わせ出し(昆布だし+かつおだし)や動物系の素材を使わない精進料理用の精進出汁(干し椎茸+昆布+大豆など)など数多くあります。
この他にもラーメンのスープなど濃厚な風味を出すために欠かせない牛・豚・鶏のガラや身からとる出汁も忘れてはいけない出汁の仲間です。
つまり、“出汁”とは、食材のうま味が溶けたお湯の総称というわけです。
この理論から考えると、コーヒーやお茶も”出汁”の仲間と言えるのではないかと考えられますね。
出汁の取り方
出汁の取り方は使う素材によって異なり、さらに言えば取る人によっても異なってきます。しかし、一流になればなるほどそれぞれ若干の違いはあれどブレてはいけないポイントをしっかりと抑えた”オリジナル”がそこにはあることに気づきます。
そこで、基本の合わせ出汁の取り方のポイントを少しだけ紹介したいと思います。
- 昆布を60度を保って1時間加熱
- 昆布を取り出して85度まで加熱
- 火を消して鰹節を入れる
- 鰹節が沈んだらすぐにこす
これは、石川伸一先生の著書『料理と科学のおいしい出会い』にて紹介されていたもので、京都で行われた出汁の取り方実験の結果から導き出されたものです。これを分子料理学的に解釈すると
- 昆布からグルタミン酸を抽出するには60度がベスト
- かつお節からイノシン酸を抽出するには85度がベスト
ということになるでしょう。
一流の料理人たちはこの分子料理学的ポイントを学んだ上でなのか、それぞれの経験からなのかはわからないがしっかりと抑えつつ、生み出された”オリジナル”の出汁を使って料理を作っているのです。
“出汁”と分子ガストロノミー
科学的視点からみる「分子料理学」と技術的視点からみる「分子料理法」の両輪からなる「分子ガストロノミー」の考え方ですが、”出汁”の場合は、昔からある出汁を取る調理法を改めて科学的に解明し定義したという流れになります。科学的知見から得た結果を元に調理法を再構築する現代の料理の流れには無限の可能性を感じずにはいられません。
今回は、料理を作る上で欠かすことのできない身近な存在である”出汁”について、改めて分子ガストロノミー的な考え方をしてみました。
肝心の出汁キャビアの方は、出来るだけ濃い出汁をキャビアの中に閉じ込めるためにエスプレッソマシンを使って出汁を抽出するなど様々な方法を用いてアプローチしています。
こちらについても、レシピ等まとまり次第記事にしていきたいと思います。お楽しみに!